患者を転送された救急病院が、取材に対し事実を回答したところ、元病院が名誉毀損訴訟を提起 →不当訴訟提起として賠償命令

O病院の院長Kは精神病患者をY救急病院へ転送したが、Y救急病院のM氏が報道社の取材に応じ事実を話したところ、O病院の院長KがM氏を名誉毀損で訴えた。大阪地裁は、院長Kがした訴えの提起や複数の報道機関になした書面の送付、医師会に対する紛争調停申立ては、M氏に対する違法行為であるとし、K院長がY救急病院のM氏へ慰謝料を支払うよう命じた。

<平成5年(ワ)4385号>平成10年3月26日大阪地裁判決

 

本訴原告(反訴被告)

医療法人 H

右代表者清算人 K

本訴原告(反訴被告) K

右両名訴訟代理人弁護士 中藤幸太郎 松本誠 守山孝三

 

 

 

 

本訴被告(反訴原告)

右訴訟代理人弁護士 平栗勲

右訴訟復代理人弁護士 藤井美江

 

主文

 一 本訴原告(反訴被告)らの請求をいずれも棄却する。

 二 本訴原告(反訴被告)らは、本訴被告(反訴原告)に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する平成六年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 三 本訴被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

 四 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを五分し、その四を本訴原告(反訴被告)らの負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする

 五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

 

事実

第一 当事者の求めた裁判

 (本訴)

 一 請求の趣旨(本訴原告(反訴被告)ら)

  1 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)医療法人Hに対し、金八三〇〇万円、本訴原告(反訴被告)Kに対し、金二〇〇〇万円及びこれらに対する平成五年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  2 訴訟費用は、本訴被告(反訴原告)の負担とする。

  3 第1項につき仮執行宣言

 二 請求の趣旨に対する答弁

  1 本訴原告(反訴被告)らの請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は、本訴原告(反訴被告)らの負担とする。

 (反訴)

 一 請求の趣旨

  1 反訴被告(本訴原告)らは、反訴原告(本訴被告)に対し、各自金三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  2 訴訟費用は、反訴被告(本訴原告)らの負担とする。

  3 仮執行宣言

 二 請求の趣旨に対する答弁(反訴被告(本訴原告)ら)

  1 反訴原告(本訴被告)の請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は、反訴原告(本訴被告)の負担とする。

 

第二 当事者の主張

 (本訴)

 一 請求原因(本訴原告(反訴被告)ら)

  1 当事者

   (一) 本訴原告(反訴被告)医療法人H(以下「原告H」という。)は、精神科、神経科を診療科目とするO病院〈住所略〉を開設して運営する医療法人であり、本訴原告(反訴被告)K(以下「原告K」という。)は、平成五年二月二二日当時、右病院の院長であった者である。

   (二) 本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、〈住所略〉の医真会Y病院(以下「Y病院」という。)の院長である。

  2 甲死亡事件(以下「甲事件」という。)

   (一) 訴外甲は、平成五年二月二日、精神分裂病のため、O病院に入院した。

   (二) O病院においては、原告Kが甲の主治医となり、精神分裂病に対する治療のほか、栄養剤、強心剤の点滴治療等を行った。

   (三) 平成五年二月九日、甲は、三八度以上の発熱があり、呼吸困難を示したので、酸素吸入を施すとともに抗生物質の点滴投与をし、その後の経過を観察した。

   (四) 甲の病状は好転しなかったため、原告Kは、同月一五日、甲をY病院に搬送した。

   (五) 同月二一日、甲はY病院において死亡した。

  3 本件各行為

   (一) 警察への通報行為等

 (1) 被告は、平成五年二月一五日午後六時ころ、Y警察署の警察官に対し、

 「甲は、O病院内で、病院患者又は病院職員によって、上半身を激しく打たれ、左肋骨四本骨折、頭蓋骨骨折により無意識の瀕死の状態で、同病院から搬送されてきたが、原告Kは、甲の右傷病を紹介状に記載せず、かつ、被告が頭蓋骨骨折、肋骨骨折等につき問いただしても、O病院では骨折はなかった旨回答した。」

 「甲は、激しい脱水症状に陥っていたが、右症状は、一朝一夕に生じたものでなく、O病院入院期間中に相当期間、水分を与えられず、十分な医療行為もなされずに放置されたものであると考えられる。」

等と通報した。

 (2) 被告は、同日午後八時ころ、右通報によりかけつけた柏原警察署の捜査員に対しても、右同様の説明を行った。

   (二) 記者への説明

 被告は、平成五年二月二二日、朝日新聞社の記者に対して、次のとおりの説明を行った。そして、右説明に基づいて、別紙記載の記事(以下「本件記事」という。)が、同日の朝日新聞夕刊に掲載された。

 (1) 甲は、O病院において、砂漠を何日もさまよっていたような脱水症状であったにもかかわらず、意識がもうろうとしたまま水も与えられずに放置されていたとしか考えられない。

 (2) O病院からは、三日程前から熱があり、肺炎の疑いがある旨の説明を受けたのみであり、頭蓋骨骨折、左側肋骨四本の骨折については何の説明も受けていない。

 しかし、Y病院において診断したところ、甲は、上半身を激しく打たれ、肺挫傷を起こし、高張性脱水から肝臓機能も低下し、全く動けず、呼吸不全の状態であった。

   (三) テレビでの発言

 (1) 被告は、平成五年五月一三日午後六時から、訴外関西テレビ放送株式会社(以下「関西テレビ」という。)において放送された「アタック六〇〇」という番組中の「密室の人権侵害、ある精神病院への訴え」と題する番組に出演し、Y病院のカルテの傷病名、甲の顔面及び胸部の写真並びに原告Kの紹介状を関西テレビに撮影させた上、

 「紹介状との違いをですね、に気付きましてですね、これはおかしいじゃないかということで、即そのう、O病院さんの方にお電話いれまして、院長先生(原告K)がおられたもんですから、どういうことかと、それは私とこでは、そういうことは一切ないと、じゃあ、そのう、来られる間に発生するようなもんでもありませんし、そんなはずがないだろうと言いましたら、(原告Kは)決してそんなことはないというお話でしたね。だから、これは当初からおかしいなと。」

等と発言した。

 (2) また、被告は、同年九月二三日午後二時五分から関西テレビにおいて放送された「ドキュメンタリー『精神病棟』~扉の向こうから~」と題する番組に出演し、甲の顔面及び胸部の写真やレントゲン写真等を示しながら、

 「えーっと、ちょうど夕方でございましてね、二月の一五日ですね。救急車で来られました。来られたときに救急外来にすぐに運び入れたんですが、呼吸状態が一分間に三五回から四〇回ぐらいの非常に浅い呼吸でございまして、意識はありません。写真を見て頂きましたら一番分かっていただけると思うんですが、こういう状態ですね。ごらんの通り、眼瞼下、眼下部ですね。目の回りに青いくまができております。それから左胸全体に内出血が非常に広範囲に見られます。」

等と発言した。

  4 しかしながら、これらは、いずれも客観的事実に反するものであり、特に被告が頭蓋骨骨折があったとする点は明らかに誤診である。

   (一) 被告が前記のとおり事実に反する通報を行ったことにより、甲事件についての捜査が開始され、O病院が強制捜査されたり、原告K、O病院の職員及び同病院の入院患者らが取調べを受けたりした。ことに原告Kに対する取調べは、相当日数に及ぶ苛酷なものであった。

 また、被告の通報行為が端緒となり、後記のとおり、事実に反する記事が新聞紙上に掲載されるに至ったため、原告らの社会的評価は著しく低下した。

 被告の右行為は、全法律秩序から要請される義務に違反した違法かつ有責の行為である。

   (二) 被告が新聞記者に対し、客観的事実に反する誤った説明をなしたため、前記のごとく誤った内容の記事が掲載されるに至り、原告らの名誉は著しく毀損され、社会的信用が失墜した。

   (三) 被告の関西テレビでの発言も同様、原告らの名誉を毀損し、社会的信用を失墜させるものである。

  5 被告の右名誉毀損行為等により、原告らは無形的損害を被ったが、右損害を金銭に評価すると、原告Hについては五五〇〇万円、原告Kについては二〇〇〇万円を下らない。

 また、原告Hは、本件記事やテレビ放映により、平成五年三月期より入院患者が顕著に減少し、その結果、少なくとも二八〇〇万円の損害を被った。

  6 よって、不法行為に基づく損害賠償として、被告に対し、原告Hは八三〇〇万円、原告Kは二〇〇〇万円及びこれらに対する不法行為の日である平成五年二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

 二 請求原因に対する認否

  1 請求原因1の事実は認める。

  2 同2の事実中、甲が平成五年二月一五日にO病院からY病院に搬送された事実及び甲が同月二一日、Y病院において死亡した事実は認め、その余は不知。

  3 同3(一)の事実中、被告が平成五年二月一五日午後六時ころ、Y警察署の警察官に通報した事実及び同日午後八時ころ柏原警察署の捜査員に対し説明を行った事実は認め、通報内容及び説明内容は否認する。

  4 同3(二)の事実中、本件記事が朝日新聞夕刊に掲載された事実は認め、その余は否認する。

  5 同3(三)の事実は認める。

  6 同4及び5の事実は否認する。

 三 抗弁

  1(一) 事実の公共性

 被告が警察へ通報した内容及び報道機関からの取材に応じて話した内容は、いずれもO病院からY病院へ搬送された当時、生命の危機に瀕していた甲の容態に関するものであり、このような、人の生命・身体の安全及び医療機関の適正に関する事実は、社会全般の利害に関する事実であるといえる。

   (二) 公共目的

 被告が甲の容態等について警察へ通報したのは、甲の外傷等の症状が異常なものであり、右点につき原告Kに問いただしても明確な回答が得られなかったため、刑事事件に該当する可能性も十分あると考えたからであり、誠実な医師の当然の義務としてなしたものであり、専ら公共目的でなしたものである。

 また、被告の記者への説明及びテレビでの発言は、報道機関からの取材申込みに応じてなされたものにすぎないし、甲の死因等に不審感を抱いた遺族の真実解明及び国民の知る権利に奉仕し、ひいては医療機関の適正を図るためになされたものであり、専ら公共目的でなしたものであるといえる。

   (三) 内容の真実性ないし真実であると信じたことの相当性

 被告が警察へ通報した内容及び報道機関の取材に応じて話した内容は、いずれも真実である。

 また、仮に右内容の一部が真実でないとしても、右通報等は、当時の検査結果、レントゲン写真等の客観的資料に基づきなされたものであり、いずれも真実であると信じるにつき相当の理由があった。

   (四) このように、被告が警察へ通報した内容及び報道機関の取材に応じて発言した内容は、いずれも、公共の利害に関する事実であり、かつ公共目的をもってなしたもので、真実ないし真実であると信じるにつき相当な理由の存するものであるから、被告の行為は違法性を有しない。

  2 被告が甲の容態等について警察へ通報したのは、甲の外傷等の症状が異常なものであり、右点につき原告Kに問いただしても明確な回答が得られなかったため、刑事事件に該当する可能性も十分あると考えたからであり、右は、誠実な医師の当然の義務としてなしたものであり、正当な職務行為であるといえる。

 四 抗弁に対する認否(原告ら)

 抗弁1及び2の事実は否認する。

 (反訴)

 一 請求原因

  1 当事者

 本訴請求原因1に同じ。

  2 本件各行為

   (一) 不当訴訟

 (1) 原告らは、被告が事実に反する通報行為等を行ったことにより、名誉を毀損され、社会的評価が低下したとして、平成五年五月一四日、被告に対し、損害賠償請求訴訟を提起した(本訴)。

 (2) しかしながら、警察への通報内容はいずれも真実であり、被告は、甲の外傷等の症状が異常なものであり、刑事事件に該当する可能性も十分あると考えたため、警察へ通報したのである。

 そして、甲の症状が、O病院搬出時には既に重篤なものであったことからすると、原告らも十分右事実を知り得たはずであり、したがって、原告らは、原告らの本訴における主張には、全く理由がないことを知っていたか、あるいは容易に知り得たはずである。

 にもかかわらず、原告らは、甲の死亡についての自己の責任を隠蔽し、被告の名誉を毀損するために本訴を提起したのであり、右訴は、裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くものである。

   (二) テレビ番組での発言

 原告Kは、平成五年五月一三日に関西テレビにおいて放送された「アタック六〇〇」という番組中の「密室の人権侵害、ある精神病院への訴え」と題する番組の中で、取材に応じ、当時未だ甲の司法解剖の結果が警察にも明らかになっていないにもかかわらず、甲の症状につき、あたかも司法解剖の結果に基づいて被告に誤診があったかのように述べ、被告の名誉を毀損した。

   (三) 報道機関への書面の送付

 原告らは、平成六年七月七日、O病院事務長Y名義で、別紙の「事実に反し面会を妨害されたと詭弁を弄する『私的』大阪精神医療人権センター(代表里見和夫)関係の弁護士等に対する反論」と題する書面(以下「本件書面」という。)を複数の報道機関に宛てて送付した。

 本件書面には、被告の甲についての診断が誤診である事実及び大阪精神医療人権センター(以下「人権センター」という。)のメンバーやそれを支援する国会議員、弁護士等が患者の面会を求めてO病院に出向いた件につき、一般人に、あたかも被告が誤診を隠す目的で右行為を指示したものであると誤信させるような事実の記載がなされているが、右各事実はいずれも真実に反するものであり、右書面の送付により、被告の名誉は著しく毀損された。

   (四) 医師会への紛議調停申立て

 さらに、原告らは、平成六年七月五日、大阪府医師会に対し、被告の行動は医療従事者としてのモラルに欠ける等として、別紙申立ての趣旨記載のとおり何らかの処分を求める旨の紛議調停申立て(以下「本件申立て」という。)をした。

 しかしながら、被告の行動は、医師法の趣旨に基づく正当な行為であり、何らモラルに欠ける点はない。

 にもかかわらず、原告らは、右点を知りながら、あえて被告の名誉を失墜させる目的で、右申立てをなしたものであり、右申立ては違法な行為というべきである。

  3 原告らの右各行為により、被告はその病院経営上著しい支障を来たし、社会的にも著しく信用を失墜し、名誉を毀損されたのであり、右に対する慰謝料は三〇〇〇万円を下らない。

  4 よって、被告は原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各自三〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

 二 請求原因に対する認否(原告ら)

  1 請求原因1及び同2(一)(1)の事実は認める。

  2 同2(一)(2)の事実は否認する。

 原告らは、被告の事実に反する通報行為等により損害を被ったのであるから、原告らが本訴を提起したことは不法行為とはいえない。

  3 同2(二)の事実中、原告Kが「アタック六〇〇」という番組の中で、被告に誤診があった旨述べた点は認め、その余は否認する。

 被告に誤診があったことは真実であり、原告Kの右行為は不法行為とはいえない。

  4 同2(四)の事実中、原告らが、大阪府医師会に対し、本件申立てをした事実は認め、その余は否認する。

  5 同3の事実は否認する。

 

第三 証拠〈省略〉

 

理由

第一 本訴について

 一 甲のO病院内での症状及び治療内容、Y病院へ運ばれた際の症状及び治療内容等

 本訴請求原因1の事実並びに同2の事実中、甲が平成五年二月一五日にO病院からY病院に搬送された事実及び甲が同月二一日、Y病院において死亡した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

 右争いのない事実並びに証拠(甲一、二一、二三、二五、乙一ないし三、七、八、検乙五ないし一二、六一ないし六六、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  1 甲のO病院内での症状等

   (一) 甲は、平成五年二月二日、保護義務者である実兄の同意を得て、O病院に医療保護入院した。

   (二) 同病院における甲の主治医は、原告Kであったが、入院当日は右原告が休暇中であったため、訴外S医師(以下「S医師」という。)が甲の診察を行った。

 その際、S医師は、甲が全身衰弱気味で呼吸促迫もみられるとして、精神分裂病の治療のほか、水分及び栄養補給のためにプラスアミノ(高張性輸液の一種)五〇〇ミリリットル二本の点滴注射を、循環補強のためにトーモル一アンプルの点滴注射及びビタカンファー一アンプルの皮下注射等を行った。

 また、S医師は、同月三日及び四日にも、甲に対し、右同様の点滴注射及び皮下注射を行った。

   (三) 同月三日の夜、甲は、O病院内において、他の患者とトラブルを起こし、暴行を受け、打撲傷を負った。

   (四) 同月五日、原告Kは、甲が暴行を受けたとの報告を受け、同人を診察した。

 その際、原告Kは、甲の両目のあたりが黒ずんでおり、胸、両肩、脇腹等に直径約一センチメートルの赤い皮下出血斑を認めたほかは、外傷を認めず、特に全身状態にも異常はないと思われたため、甲に対し、外傷に関する治療は特にしなかった。

 また、同日、原告Kは、甲に対し、電解質バランスをチェックすることなく、水分及び栄養補強のための点滴液をプラスアミノ五〇〇ミリリットル二本からテルアミノ―3S(高張性輸液の一種)五〇〇ミリリットル二本に変更した。

   (五) 同月八日における甲のNa値は、一四七と正常値の上限であったが、Cl値は一一一、BUN値は三六といずれも正常値を大きく上回っており、脱水症状が生じ始めていたが、甲に対しては、以後も高張性輸液であるテルアミノあるいはプラスアミノが投与され続けた。

   (六) 同月九日、甲が発熱したため、S医師は、気管支炎の治療処置をとった。

   (七) 同月一四日午前一〇時ころ、当直医である訴外後藤靖医師は、甲が肺炎から呼吸不全を起こしていると診断し、プラスアミノ五〇〇ミリリットル及びケイペラゾン一グラムの点滴注射、プラスアミノ五〇〇ミリリットルの点滴注射、五プロのツッカー五〇〇ミリリットルの点滴注射、リンタマイシンの筋肉注射、プラスアミノ五〇〇ミリリットル及び塩酸ドパミン一アンプルの点滴注射、メデコート一アンプルの点滴注射並びに酸素一〇〇〇リットルの吸入等の治療を行った。

   (八) 同月一五日午前九時ころ、原告Kが甲を診察したところ、血圧が上八〇、下四二とかなり低く、高熱を発し、呼吸困難がひどく、肺炎が両肺野に広がっていたため、塩酸ドパミン一アンプル及びメデコート一アンプルの点滴注射等の治療を行った。

   (九) 同日午後三時ころ、原告Kの依頼で、S医師が甲を診断したところ、S医師は、肺炎症状が依然として重く、甲を内科病院へ転院させる方が良いとの意見であったため、原告Kは、甲の保護義務者である実兄の希望を聞いた上、甲をY病院へ転院させることにした。

  2 甲のY病院への搬送の際の状況等

   (一) 平成五年二月一五日午後三時ころ、原告Kは、Y病院に肺炎患者を転送したい旨電話連絡をし、同日午後五時一〇分、甲は柏羽藤消防署の救急隊によりO病院からY病院へ救急搬送された。

 なお、この際甲を搬送した救急隊員が作成した救急記録には、甲の状態につき、<1>顔貌には、チアノーゼ(絶対的あるいは相対的に血液中の酸素が少なくなった状態)がみられる、<2>意識は昏睡状態、<3>瞳孔は正常、<4>脈拍は普通、<5>呼吸はチェンストーク(浅く数の少ない呼吸と深く数の多い呼吸を反復する呼吸)、<6>全身に外傷がみられる等と記載されている。

   (二) 同日午後五時一八分、甲がY病院の救急外来に到着した。

 その際、被告は、甲の家族より原告Kからの紹介状を受け取ったが、右紹介状には、甲の容態として、一週間前から風邪にかかっており、昨日より三八度台の高熱と呼吸困難があったことのみが記載されており、外傷についての記載がなかった。

  3 Y病院搬送時の甲の症状及び被告の治療内容等

   (一) 被告が、甲がY病院に搬送されてきた時に診察した際の同人の状態は、次のとおりであった。

 (1) 顔貌にはチアノーゼがみられた。

 (2) 意識は、Ⅲ―三〇〇の深昏睡状態(刺激を加えても全く反応しない状態)であった。

 (3) 呼吸は、三〇回を超える浅いひんぱんな呼吸であった。

 (4) 両眼窩に皮下出血の跡があり、頭部の額部分にも傷があった。また、左の腋下部から左側胸、側腹部にかけて広範にわたる皮下出血がみられ、右乳嘴の乳首の下あたりにかなり薄い打撲による外傷とみられるものがあった。その他、両手に注射の跡あるいは内出血の跡が認められた。

   (二) 被告は、右搬送時に、甲に対し、気管にチューブを挿入して酸素吸入を始め、点滴ルートを確保し、薬剤及び水分を投与できるような態勢を整える等の救急処置を行うとともに、STAT検査(緊急の血液検査)、胸部、頭部及び腹部のレントゲン撮影、超音波検査、血液ガス検査等を行った。

 なお、この際行った検査の結果窺われる甲の症状は、次のとおりであった。

 (1) 血液ガス検査

 PCO2値は、正常値以上に上がっており、また、PO2値は、正常値以下に下がっており、呼吸不全の状態を示している。

 (2) 生化学検査

 腎機能を表す指標であるBUN及びCREは、正常値がそれぞれ六ないし二〇、0.6ないし1.3であるのに対し、甲の場合、前者が一一一、後者が3.5であり、重度の腎不全状態にあるといえる。

 また、ALP、GOT、GPT、LDHの各正常値は、それぞれ六八ないし二二〇、九ないし三三、四ないし五〇、二〇〇ないし三六〇であるところ、甲の場合、各値は、それぞれ、二五八、一七〇、一八二、一四三四と異常に高く、中程度の肝機能障害があったと認められる。

 (3) 電解質検査

 Na値及びCl値の正常値は、それぞれ一三七ないし一四五、九九ないし一〇七であるところ、甲の場合、前者が一八二、後者が一四二という極めて異常な数値を示しており、高張性脱水の状態にあるといえる(このような症状は、相当期間、体内に水分が欠乏するとともに、高張性の輸液が投入されたことから生じたものと考えられる。)。

 (4) レントゲン

 左第七ないし第一〇肋骨の骨折及び両肺にわたる強度の肺炎が認められる。

 以上の事実によれば、甲は、O病院入院中に暴行を受け、外傷を負ったほか、同病院入院中には、既に高張性脱水、腎不全、呼吸不全等がみられる重篤な症状であったことが認められる。

 これに対し、原告Kは、O病院入院中には、高張性脱水等の重篤な症状や、広範な皮下出血は認められなかった、皮下出血は、O病院からY病院へ搬送するため、甲をストレッチャーへ移した際に生じたのではないか等と供述する。

 しかしながら、前記認定のとおり、甲には、O病院からY病院に搬送されるまでの間に、救急隊員により既にチアノーゼ、チェンストーク等の症状が確認され、また、Y病院へ搬送された直後には、高張性脱水、腎不全、呼吸不全等の症状が認められたのであり、右のような重篤な症状が短期間で生じるとは考えられないし、現に平成五年二月八日にO病院で行われた検査結果において、脱水症状や腎機能の低下を示す数値が認められ、Y病院に搬送された直後に甲の全身に見られた皮下出血の状態(検乙六一ないし六六)も、右皮下出血が少なくとも数日前から生じていたことを推認させるものであること等からすると、原告Kの右供述はにわかに信用しがたい。

 二 本件各行為

  1 警察への通報行為等

 争いのない事実及び証拠(乙七ないし九、被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

   (一) 原告Kからの紹介状の内容は、呼吸困難があるという点においては、被告の診断内容と一致していたものの、外傷の存在及び意識状態については何ら記載がない等、被告の診断内容とあまりにも異なっていたため、被告は、平成五年二月一五日午後六時ころ、原告Kに電話をし、自らの診察所見並びに胸部レントゲン写真及び血液検査の結果をもとに、甲の症状につき、Ⅲ―三〇〇の昏睡状態である、身体の重要部分に外傷と思われる所見がある、チアノーゼがみられる、高張性脱水がみられる等と説明し、O病院において、右のような症状がなかったかと尋ねたが、原告Kは、そのような症状は一切なかったと答えた。

   (二) 被告は、原告Kの右回答に不審感を抱き、刑事事件に関連する可能性もあると考えて、Y警察署に対し、甲が何らかの外傷を受け、右(一)記載のような重篤な症状である、それにもかかわらず、原告Kは十分な説明をせず、右状況を否定した、被告自身の診察内容と原告Kの説明には大きな乖離があり不審に思うと通報した(以下「本件通報行為」という。)。

 ただし、右通報の際、被告は、甲には頭蓋骨骨折がみられるとまでは述べなかった。

   (三) 被告の右通報を受け、同日午後八時ころ、柏原警察署の捜査員がY病院を訪問した。

 その際、被告は、右捜査員に対し、甲の全身状態を見せた上、同人の症状について、レントゲン、血液検査結果等を示しながら、顔面から胸、おなかにかけて外傷が見られる、頭蓋骨については亀裂骨折の疑いを持っている、両肺野にわたる広範な肺炎と思われる炎症像も存在する、低酸素血症、炭酸ガスの上がっている状態、呼吸不全、腎不全、高張性脱水等もみられる等と説明した。なお、高張性脱水については、捜査員の理解を容易にするため、砂漠に放り出されて水が足りなくなったような状態というたとえを用いて説明した。

  2 新聞記者への説明

 証拠(甲八、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

 被告は、朝日新聞社の記者から、甲事件に関して取材申込みを受けたため、甲の実兄の同意を得て、右取材に応じた。

 その際、被告は、朝日新聞社の記者に対し、甲の症状につき、O病院からは、三日程前から熱があり、肺炎の疑いがある旨の説明を受けたのみであったが、実際には、外傷からの肺挫傷を起こしており、高張性脱水、腎不全等もみられた等と説明した。なお、被告は、高張性脱水症を分かりやすく説明するために、砂漠を何日もさまよっていたような脱水症というたとえを用いて説明した(以下「本件説明」という。)。

  3 テレビ放映の内容

 被告が、平成五年五月一三日及び同年九月二三日放送の関西テレビの番組に出演し、請求原因3(三)記載の各発言を行った事実は、当事者間に争いがなく、そして、証拠(甲一二、検甲六)によれば、同年九月二三日放送分については、右発言以外に次のとおりの発言があったことが認められる。

 「おもむろに紹介状との違いをですね、に気付きましてですね、これはおかしいじゃないかということで、即そのう、O病院さんの方にお電話を入れまして、院長先生(原告K)がおられたものですから、どういうことかと、ほんなら私ところでは、そういうことは一切ないと、じゃあそのう、(Y病院に)来られる間に発生するようなもんでもありませんし、そんなはずがないだろうと言いましたら、決してそんなことはないというお話でしたですね。だから、これは当初からおかしいなと、ほんで即、私はその後、警察へ電話いたしまして、全く不審な、暴行を受けたような方がですね、運ばれて来られたんでということで、警察へ連絡いたしました。」

 「ここが五時四五分です。この写真を撮られたのはですね。来院が一八分です。これだけの所見があります。折れております。これにプラス、外にそういうふうな広範にわたる内出血があるわけです。その時の採血をしてみましたら、先ほどいいました高張性脱水と、腎不全と呼吸不全、酸素が少なくて炭酸ガスが上がっておると、呼吸不全という状態とね。で、昏睡状態が来られた時にあるわけです。それを説明して頂きたい。何故起こったのか。分からんじゃ困るわけですよ。何よりも僕の前に来られた時の病状を彼らは説明すべきなんですよ。できなかったら、そらあ、放置しておったと言われたってしょうがないわけで、そういうものを私のところへ送り出されてね、しかも私はそうして指摘してきたことに対して、私が彼らを名誉毀損したというふうな言い方をされる、逆でしょう、これは。」

 (以下、これらの発言を「本件発言」という。)

 三 以上の事実を前提に、二記載の被告の各行為が、違法行為、あるいは名誉毀損行為といえるかにつき、以下検討する。

  1 本件通報行為について

 証拠(甲二三、原告K本人、被告本人)によれば、本件通報行為が契機となり、甲事件に関する捜査が開始され、原告K、O病院の職員及び入院患者らが警察官の取調べを受けたことが認められる。

 しかしながら、警察への通報行為は、仮に右内容が結果として正確ではなかったとしても、それ故に直ちに違法となるものではなく、通報に理由のないことを知りながら、他人を陥れる目的であえて通報するなど、その内容、方法において相当性を欠く場合にのみ違法となるものと解される。

 これを本件についてみるに、前記のとおり、被告が警察に通報したのは、自己の診察した甲の症状が、外傷を伴う重篤なものであったにもかかわらず、原告Kが、右症状につき十分な説明をせず、かえって事実関係をすべて否定するという不審な態度をとったため、刑事事件に該当する可能性もあると判断したからであり、しかも右通報内容は、レントゲン写真、血液検査の結果等の客観的資料及び医師としての診断内容に基づくものであったのであるから、被告がなした本件通報行為は、その内容、方法において相当なものであったといえ、したがって、右を違法なものということはできない。

 これに対し、原告らは、甲には頭蓋骨骨折はなかったのであり、被告の通報内容には誤りがある旨主張する。

 しかしながら、前記認定のとおり、被告は、当初Y警察署に通報した際には、頭蓋骨骨折について述べていないのであるし、またその後、この点について捜査員に説明したのは、頭部レントゲン写真で側頭部に細い線が見えたことから亀裂骨折を疑ったためであって(乙九、被告本人)、当時の資料からすれば、被告がそのような判断をしたことを不当とまでいうことはできないし、いずれにしても、前記認定のとおり、甲の全身には、肋骨骨折のほか、多数の打撲傷が認められたのであり、重大な傷害があった点には誤りはないのであるから、右点をもって、被告の通報内容が相当性を欠くということはできない。

  2 本件説明について

 本件記事には、<1>O病院に入院中の患者が同病院内で暴行を受けたこと、<2>その後、右患者はY病院へ転送されたが、転送時には肺挫傷、高張性脱水等の症状が見られ危篤状態であったこと、<3>これに対し、O病院は、転送時の甲の症状につき、三日ほど前から熱が出て、肺炎の疑いがある旨の説明しかしなかったこと等が記載されているところ、右記事の内容は、O病院が、甲に対し十分な治療をしなかったとの印象を与えるものであり、原告らの名誉を毀損し、社会的評価を低下させるものであるとはいえる。

 しかし、本件記事自体は、朝日新聞社により作成、掲載されたもので、被告は、同社の記者の取材に応じて情報を提供したに過ぎないのであって、かかる情報提供者が不法行為責任を負うのは、自己の情報提供行為により、その内容に沿った記事が掲載される可能性の高いことを予測し、あるいは容易に予測し得たにもかかわらず、右情報の内容が真実に反することを知りながらあえて情報を提供したり、過失によってこれを知らずに情報を提供したような場合に限られると解される。

 これを本件についてみるに、前記のとおり、被告が朝日新聞社の記者に対してなした本件説明のうち、O病院から受けた説明内容、肺挫傷、高張性脱水等の甲の症状に関するものはいずれも真実であるし、「砂漠を何日もさまよっていたような脱水症」という説明も、高張性脱水を説明するもので、真実に反するものとはいえないのであるから、被告の本件説明行為を、不法行為にあたるということはできない。

  3 本件発言について

 本件発言は、<1>被告が診察した甲の症状は、O病院の紹介状に記載された症状とは全く異なり、外傷を伴う重篤なものであった、<2>にもかかわらず原告Kは、O病院で甲が右のような重篤な症状であったことを否定した、<3>原告Kの右対応を不審に思って警察へ通報した、<4>O病院では甲を放置していたと言われても仕方がない等というものであり、右発言も、O病院における甲の治療内容には、極めて問題があったとの印象を与えるものであり、原告らの名誉を毀損し、社会的評価を低下させるものであるとはいえる。

 しかし、そうであるとしても、本件発言内容が、公共の利害に関するものであり、専ら公益を図る目的でなされ、右発言内容が、主要な点において真実であるか、若しくは真実であると信じたことにつき相当な理由がある場合には、その違法性が阻却されるものと考えられる。

 そこで、右違法性阻却事由(抗弁)の有無について検討する。

   (一) 事実の公共性

 本件発言は、O病院における甲の治療内容等に関する事実であるところ、一般に病院は、国民の健康保持につき重要な役割を担う公共性、公益性の高い施設であり、病院内における患者の治療内容がいかなるものであるかにかかる事項もまた、公共性の高いものであるということができるし、特に甲事件に関しては、警察による捜査も開始されていたことから、本件発言当時、O病院の医療実態について、社会一般からも重大な関心が寄せられていたといえるから、いずれにしても、本件発言内容は、公共の利益に関するものであるということができる。

   (二) 公益目的

 また、被告が本件発言を行ったのは、甲の死因に関する真実を解明し、医療機関の適正を図るためであり(被告本人、弁論の全趣旨)、専ら公益を図る目的であったといえる。

   (三) 内容の真実性

 しかも、本件発言内容は、前記認定のとおり、その主要な事実につき、いずれも真実であると認められる。以上のように、本件発言は、公共の利益に関する事項につき、専ら公益を図る目的でなされたものであり、しかも右発言の内容は、その主要な事実につき、概ね真実であるといえるから、全体として被告の名誉毀損行為の違法性は阻却されるというべきである。

 四 以上によれば、被告は、本件各行為につき、不法行為責任を負わない。

 

第二 反訴について

 一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

 また、O病院における甲の症状及び治療内容等については、第一の一で認定したとおりである。

 二 そこで、請求原因2記載の原告らの各行為が不法行為を構成するかにつき検討する。

  1 不当訴訟について

   (一) 請求原因2(一)(1)の事実は、当事者間に争いがない。

 そして、証拠(原告K本人)によれば、本訴は、原告K及び同原告から事実関係を確認した原告Hが被告を相手取って提起したものであることが認められる。

   (二) ところで、訴えの提起が違法となるのは、当該訴訟において、自らの主張が事実的、法律的根拠のないものであることを知りながら、あるいは容易にそのことを知り得たのにあえて訴訟を提起したなど、その行為が裁判制度の趣旨、目的に照らし、著しく相当性を欠くと認められる場合に限られると解される。

 これを本件についてみるに、前記認定のとおり、甲は、O病院入院中に、暴行を受け外傷を負ったほか、既に高張性脱水、腎不全、呼吸不全等がみられる重篤な症状であったことが認められるのであって、少なくとも原告らは、被告の本件通報、本件発言、本件説明内容の主要な部分は、いずれも真実であり、したがって、被告の右各行為が違法であるとはいえないことを容易に知り得たはずである。

 にもかかわらず、原告らは、ことさら事実関係を否定し続け、甲の皮下出血は、同人をO病院からY病院へ搬送するためストレッチャーへ移した際に生じたのではないか等、極めて不自然な考えをもとにあえて本訴を提起したものであり、右は裁判制度の趣旨、目的に照らし、著しく相当性を欠くものであり、違法であるといわざるを得ない。

  2 テレビ番組での発言について

 原告Kが、関西テレビにおいて放送された「アタック六〇〇」という番組において、被告に誤診があったかのような発言をした事実は、当事者間に争いがない。

 しかしながら、右番組は、主としてO病院における患者の処遇、医療実態等をテーマとするもので(甲一一、一九)、右発言が右番組全体の構成の中で、主要な部分を占めるというわけでもない上、その発言内容自体、抽象的であること等に鑑みれば、右発言により、被告の名誉が毀損されたとまでは認められない。

  3 本件書面の送付について

   (一) 弁論の全趣旨によれば、原告らが、平成六年七月七日、本件書面を複数の報道機関に宛てて送付したことが認められる。

   (二) そして、本件書面には、被告が甲の診察において誤診をしたこと、右誤診に基づき警察へ通報したため、O病院は大変な迷惑を被ったこと、Y病院と密接な関係にあると思われる国会議員、弁護士等が同病院の誤診を糊塗するため、集団で脅迫、不法な詰問等を行ったこと等の記載がなされている(乙六)ところ、右書面の内容は、あたかも被告が誤診を行い、その誤診を隠すために弁護士等に指示してO病院を脅迫、詰問させたかのような印象を与えるものであり、被告の社会的評価を低下させ、著しく名誉を毀損するものであるといえ、この点に関する原告らの積極的な反論がない以上、右は不法行為にあたるといわざるを得ない。

  4 本件申立てについて

   (一) 原告らが、平成六年七月五日に大阪府医師会に対し、本件申立てをした事実は、当事者間に争いがない。

 また、証拠(乙二四)によれば、平成六年七月二六日、右申立てが却下されたことが認められる。

   (二) そこで、本件申立てが不法行為にあたるかにつき検討するに、紛議調停の申立てをすること自体は、大阪府医師会裁定委員会規則により認められているところであり、仮に右申立てが却下されたとしても、右申立てが直ちに違法となるとすることはできない。

 しかしながら、紛議調停の申立てが、被申立人の名誉、信用を害する可能性の存することに鑑みれば、自らの申立てに根拠のないことを知りながら、あるいは容易にそのことを知り得たのにあえて紛議調停の申立てをしたなど、右紛議調停の趣旨に照らして、その行為が著しく相当性を欠くと認められる場合には、右申立てが違法となるものと解される。

 これを本件についてみるに、本件申立ては、甲事件に関し、被告が警察へ通報したこと、新聞記者へ説明したこと及びテレビで発言したことにつき、被告に何らかの処分をすることを求めるものであると解されるところ、原告らは、前記認定のとおり、被告の本件通報等の内容の主要な部分は、いずれも真実であり、被告の本件各行為が違法とはいえないことを少なくとも容易に知り得たものであり、したがって、また、被告が右点につき何らかの処分を受けるべきものではないことも容易に知り得たはずである。

 にもかかわらず、原告らは、事実関係の確認をすることもなく、被告の処分を求めてことさらに本件申立てを行ったのであり、右申立ては著しく相当性を欠くもので、違法といわざるを得ない。

  5 以上のように、原告らがなした、本訴、本件書面の送付及び本件申立ては、いずれも不法行為にあたるといえる。

 三 そこで、原告らの右行為により被告の被った損害につき検討する。

 証拠(乙一一、被告本人)によれば、原告らから本訴が提起された後、被告及びY病院に対し、同病院の患者その他の者から、甲事件等に関して、日常の診療が滞るほど多数の問い合わせがあったこと、そのため、被告は、事情を説明するための書面を病院内に掲示したり、患者に配布するビラを用意したりすることを余儀なくされたことが認められる。

 また、本件書面は、報道機関という社会的影響力の大きい機関に対し送付されたものであるし、本件申立ては、被告にとって直接的な影響力を有する同人の所属医師会に対してなされたものなのであって、右原告らの行為による被告の杜会的評価、信用への影響の大きさは容易に推認し得るところであり、また、これによって被告が著しい精神的苦痛を被ったことも認めることができる。

 以上の事実から、被告は、原告らの右行為により相当の精神的損害を被ったことが認められるところ、右事実及び右各行為の内容、違法性の程度、その他本件に表れた一切の事情を総合すれば、被告の右損害を慰謝するには、二〇〇万円をもって相当と認める。

 

第三 結語

 以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、原告らに対し、各自二〇〇万円及びこれに対する最後の不法行為の日である平成六年七月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告のその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条一項本文、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森冨義明 裁判官村主幸子)

 

別紙 〈省略〉