代理人弁護士らが作成した文書が原因で、投資顧問会社(弘中淳一郎代理人)から各人1億1千万円の名誉毀損損賠訴訟を提起された投資被害者たち(判決全文から

 40パーセント以上の高額手数料で知られた悪名の高い投資顧問会社があり、しつこく勧誘され投資して大損失を蒙った4名の投資被害者らがいた。投資被害者らはそれぞれ弁護士を依頼し、証券会社を提訴した。

 ところが、弁護士が作成した訴状や準備書面の表現が「名誉毀損行為」であるとして、証券会社が訴え返してきた。投資被害者4名および弁護士らは、それぞれ「1億1千万円」の賠償を請求された。

 証券会社側の弁護士はなぜ、裁判内の主張を「名誉毀損」として訴えたか。影響力の高い報道での言論ではなく、裁判内の表現の話である。また、なぜ訴え返されるような表現を、わざわざ代理人弁護士らがしたか。

 裁判の結果、4名は敗訴こそしなかったが、元の裁判とは別に弁護士費用を支払った可能性もある。それぞれの元の裁判への影響も、精神的な負担もあっただろう。

 なお元裁判の訴状によれば、投資被害者のAさん(男性)、Kさん(女性)、Mさん(女性)、Iさん(女性)の4名は、いずれも高卒または専門学校卒で、定年などで仕事を引退したか、パート職などの人物である。

 弁護士の選択を間違えれば、とんでもない状況になりうるということ。よくよく注意が必要なようだ。

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<東京地方裁判所平成11年(ワ)28969号>(名誉毀損)害賠償請求事件

平成12年10月16日判決(棄却) 

 

 原告 エー・シー・イーインターナショナル株式会社

 右代表者代表取締役 S

   右訴訟代理人弁護士 弘中惇一郎

   右同 加城千波

 

 被告 茨木茂(弁護士)

 被告 A

   右被告茨木及び同A訴訟代理人弁護士 澤藤統一郎

   右同 佐々木幸孝

   右同 斎藤雅弘

   右同 瀬戸和宏

   右同 大迫恵美子

   右同 小林政秀

   右同 千葉肇

   右同 宮城朗

   右同 釜井英法

   右同 畠山正誠

   右同 飯田修

 

 被告 西田研志(弁護士)

 被告 K

   右被告西田及び同K訴訟代理人弁護士 近藤博徳

   右同 青木裕

 

 被告 高見澤重昭(弁護士)

 被告 M

 

 被告 正野嘉人(弁護士)

 被告 I

   右被告I訴訟代理人弁護士 正野嘉人

 

主  文

 一 原告の請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

 

第一 請求

 一 被告らは、各自、原告に対し、金一億一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である、被告茨木、同西田、同K、同正野及び同Iは平成一二年一月二〇日から、被告A及び同Mは同月二一日から、被告高見澤は同月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 訴訟費用は、被告らの負担とする。

 三 第一項につき仮執行宣言

第二 事案の概要

 一 本件は、海外商品先物オプション取引の受託等を業とする株式会社である原告と同取引の委託契約を締結した被告ら四名及びその訴訟代理人であった被告ら四名(以下八名併せて「被告ら」という。)が、原告の債務不履行及び不法行為を主張して別件の訴訟を提起したのに対し、原告らが、右別件訴訟における被告らの主張が原告の名誉あるいは信用を毀損したとして損害賠償を求める事案である。

 二 当事者間に争いない事実(被告西田、同Kは争うことを明らかにしない。)

  1 当事者

   (一) 原告は、海外商品先物オプション取引の受託等を業とする株式会社である。

   (二) 被告らは、原告に海外先物オプション取引について契約を締結して委託を行った上、債務不履行あるいは不法行為を理由に、原告に対して、左記のとおり、損害賠償請求訴訟を提起した者及びその訴訟代理人たる弁護士である。

 (1)  東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二三一五一号

 原告 A孝義

 訴訟代理人 茨木茂

 (以下「〈1〉事件」という。)

 (2)  同平成一〇年(ワ)第二九四一四号

 原告 K環

 訴訟代理人 西田研志

 (以下「〈2〉事件」という。)

 (3)  同平成一一年(ワ)第六〇六四号

 原告 M正子

 訴訟代理人 高見澤重昭

 (以下「〈3〉事件」という。)

 (4)  同平成一一年(ワ)第一一五一一号

 原告 I久恵

 訴訟代理人 正野嘉人

 (以下「〈4〉事件」という。)

  2 被告らは、それぞれ、〈1〉ないし〈4〉事件において、左記のとおり訴状あるいは準備書面に記載し、これを法廷で陳述した。

   (一) 〈1〉事件

 【訴状

 被告会社が真実公正なやり方で、オプション取引の注文をアメリカの商品取引所に取り次いで執行しているか否か甚だ疑わしい。全く取り次いでいないならば呑み行為であるから、被告会社と顧客との利害は相反し、被告会社が顧客に損させる動機が十分あることになるし、仮に形式的な取り次ぎ執行がなされている場合であっても、いわゆる向い玉或いはスプレッドと呼ばれる手法(顧客のコールに対し被告会社が逆にプットを建てる)を使って、実質上呑み行為と同じ利害相反状態を作出していることが十分考えられる。

   (二) 〈2〉事件

 【平成一一年七月五日付け準備書面】

 被告会社は、海外オプション取引を装って、原告からオプション買付代金名下に金三五九七万八六〇〇円を詐取したものである。

 被告会社は、ニューヨーク商品取引所(COMMODITY EXCHANGE INC. 通称COMEX コメックス)に対して買付け注文を出したとするが、その事実の存在は乙第一号証から判断してきわめて疑わしい。

 原告は、真実被告会社がコメックスに対し会員業者を通じて買付注文をしたことを信じて金員の交付をした。しかし、被告会社が実際に市場につないでいないのであるから、本件委託契約は錯誤(民法第九五条)により無効である。

   (三) 〈3〉事件

 【訴状

 被告らは、共謀の上、原告に対し、海外先物取引を行うと欺罔して海外先物取引契約を締結させた上、原告から先物取引の投資資金の名目で前記のとおり合計金七四二万円を受領した。しかし、海外先物取引は原告から資金を出させるために仮装されたものであり、被告会社が現実に海外先物取引を行わなかったものと思われる。

   (四) 〈4〉事件

 【平成一一年一〇月一八日付け準備書面】

 そもそも被告が原告の注文通りのオプションを、きちんと海外の業者を通じて購入していたのかどうかが疑わしい。もし注文をつないでいなかった場合は、そもそもその取引の効果を原告に帰属させることは一切許されないのであるから、原告は無条件でその全額の返還を請求できるし、むしろ不法行為(詐欺)による損害賠償も可能である。

 三 争点及び争点に関する当事者の主張

 本件の争点は、被告らの右文言による主張等が原告の名誉及び信用を毀損するか否かである。

  1 原告の主張は、要旨次のとおりである。

 被告らは、何の根拠もないのに、前記二2記載のとおり訴状あるいは準備書面に、原告が実際には被告A、同K、同M、同Iの注文を米国の取引所に取り次ぐことをせず、また預かった買い受け代金も送金せず、すべて呑み行為あるいは向かい玉操作により、代金を着服した疑いが濃いという主張を記載し、当該法廷でこれを陳述し、さらに、これらの写しを資料として相互に交換流通させて広く流布した。

 原告のような事業を営む者にとって、注文どおりの取引を行わず、呑み行為などにより預かった資金を送金せずに着服した等と言われるのは最大の侮辱であり、かつ著しく対外的名誉並びに信用を失墜させられる行為であって、民法上の不法行為に該当する。

 右の行為は被告らのうち弁護士たる訴訟代理人が主導したと解されるが、もとより、当該事件で原告となった被告らと協議の上、その賛同のもとに行ったことは確実であり、したがって、右名誉毀損・信用毀損は被告らが共謀の上行ったものである。仮に共謀の事実がなかったとしても、右一連の被告らの行為により、原告は不可分の名誉及び信用の毀損の損害を被ったものである。

 原告は、本件名誉及び信用毀損により一億円を下らない損害を受けたものであり、また、右損害の一割にあたる一〇〇〇万円は、訴訟代理人に委任したことによる訴訟費用として相当因果関係のある損害となる。

 したがって、民法七一九条により、被告らは連帯して一億一〇〇〇万円を賠償すべき責任が存する。

  2 被告らの主張の要旨

   (一) 被告茨木・同Aの主張

 弁論主義を基調とする民事訴訟制度の下では、当事者の正当な権利を守るために、当該当事者側からの訴訟資料・証拠資料の提出が不可欠であり、当事者間において事実に争いがある場合には、その事実をめぐっての双方当事者からの活発豊富な訴訟資料・証拠資料の提出こそ、実体的真実の発見に役立つものとされており、裁判の適正確保のため、当事者の訴訟追行に際しては訴訟資料・証拠資料の提出の自由が最大限保障されなければならない。したがって、ことさら虚偽の事実を述べたり、何の根拠もない又は事件と無関係の主張を述べたりして相手方の名誉を毀損するものでなければ、当事者間の訴訟活動の自由を広く認める民事訴訟制度の目的に合致するのである。右の観点からすれば、被告らが、注文執行方法を争点として主張しているのは、正当なものである。

   (二) 被告正野・同Iの主張

 当事者主義・弁論主義を基調とする民事訴訟においては、真実追及のために自由に弁論を展開させる必要があるので、訴訟における主張・立証行為の中に一見相手方の名誉を毀損するような行為があっても、その当事者において、特に故意に、しかも専ら相手方を誹謗・中傷する目的の下に、粗暴な又は著しく適切を欠く非常識な言辞を用いてことさら虚偽の事実や当該事件とは何ら関連性のない事実を主張した場合等特段の事情のない限り、原則として正当な弁論活動として違法性を阻却される。被告正野・同Iの準備書面における記載は、当該損害賠償請求訴訟において密接に関連する事項であり、注文者としての当然の権利の行使であって、「専ら相手方を誹謗・中傷する目的」はなく、表現自体も「著しく適切を欠く」とか「粗暴な」などと評価しうるものではない。また、注文どおりの取り次ぎをしたか否かを示す証拠は、原告から一切開示されておらず、被告正野・同Iにおいて確認のしようもなく、「ことさら虚偽の事実を記載した」ものでもない。以上より、被告正野・同Iの準備書面における主張は、正当な弁論活動として許容されることは明白である。

   (三) 被告高見澤の主張

 法治国家において裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、裁判を受ける権利が保障されるためには、訴訟において社会的相当性を逸脱しない範囲内において自由な訴訟活動が許される必要がある。訴訟活動の中に民事裁判での訴状もしくは準備書面による主張及び立証が含まれることは当然である。

 民事訴訟においては、弁論主義及び当事者主義から当事者双方がそれぞれの立場から自由に主張及び立証を尽くすことが本来予定されていることから、名誉毀損の成立の判断においては、これらの活動を萎縮させることがないように配慮する必要がある。

 弁護士は、依頼者との委任契約にしたがい、依頼者の権利を擁護し、正当な利益を守るために、依頼者にとって最も有利になるように考えて法的な措置を講ずることが要請されている。そのため、代理人の訴訟活動に名誉を損なうようなものがあったとしても、訴訟における正当な弁論活動として認められる限り、違法性が阻却されるものである。

 以上によれば、訴状もしくは準備書面の主張が名誉毀損等に該当するのは、訴訟活動としてなされる限り、虚偽の事実を知りながらあえて虚偽の事実を主張し、又は虚偽の立証活動をなし、あるいは、主張や立証活動の内容、方式、態様等が著しく適切さを欠く非常識なもので、相手方の名誉や法的な利益を著しく害するなど、その訴訟活動が社会的相当性を逸脱することが明らかなものに限られる。

 本件で原告が主張する名誉毀損事実は、右社会的相当性を逸脱することが明らかな事実に該当しないから、原告の名誉(信用)毀損の主張は失当である。

 

第三 当裁判所の判断

 一 民事訴訟の法廷における当事者の陳述が名誉毀損に該当するか否かの判断に当たっては、民事訴訟手続が、弁論主義・当事者主義を基調としていることを前提としなければならない。

 民事訴訟手続においては、民事上の紛争を解決するために、相互に忌憚のない事実及び法律に関する主張をし、その立証をすることが不可欠に要請されるのであり、当事者双方に十分な主張立証を尽くす権能、機会が保障されている。

 したがって、口頭弁論における陳述については、当該事件における要証事実に必要性・関連性のない主張がなされた場合や、主張の内容、方法、態様が著しく適切さを欠く場合等、それが著しく不相当な程度に至らない限り、たとえ他人の名誉を毀損することがあっても、その行為は違法性を欠き、不法行為を構成しないというべきである。

 そして、著しく不相当であるか否かは、名誉毀損の程度、主張内容を支える根拠、主張態様、主張の必要性、訴訟の推移等により総合的に判断すべきである。

 なお、右の理は、民事訴訟の法廷における信用毀損の場合にもあてはまるので、名誉毀損・信用毀損について以下特に区別せず判断する。

 二 原告らが、名誉を毀損されたと主張する訴状及び準備書面(甲第一ないし四号証)を検討すると、被告A、同K、同M、同Iが、海外商品先物オプション取引を原告に委託したところ、原告による債務不履行及び不法行為があり、そのため損害を受けたとして損害賠償請求訴訟を提起し、その法律構成として、詐欺ないし錯誤を主張したものであると認められ、名誉毀損に当たると主張されている被告らの主張は、要証事実に直接又は密接に関連する主張と評価でき、主張の必要性があったと認められる。

 そして、その主張態様も、「疑わしい」「考えられる」(〈1〉事件)、「疑わしい」(〈2〉事件)、「思われる」(〈3〉事件)、「疑わしい」(〈4〉事件)という文言を用いて断定を避けるなどしており、厳しい主張を戦わせる民事訴訟の場においても一定の配慮が払われ、慎重な表現が選択されていると評価できる。

 主張内容を支える根拠として、被告らにおいて明確な証拠に基づいて主張したものか否かは本件証拠上明らかではないが、原告に対しては、いわゆる客殺しの詐欺的商法が行われたとして不法行為責任が認められた裁判例(乙A第二号証)が存在するところ、原告においてこれを積極的に払拭する主張立証を行ったことが窺われない。また、海外商品先物オプション取引において海外の取引所に適正に取り次いだか否かは、個人の立場である被告らにとって容易に把握できない反面、原告にとっては自ら行った取り次ぎ行為を書面等により立証するのは容易だったと考えられるところ、被告らから訴訟を提起されても原告において速やかに証拠として提出しなかったと窺われる(本訴においても、書証提出のための期日をとったにもかかわらず取引の正当性を証明する書証を提出しなかった。)。このような原告の態度が被告らの不審を惹起したものと認められるから、被告らにおいて、原告が適正な取引を行ったのか「疑わしい」などと主張するのもやむを得ない事情があったと認められる。

 以上の点からすると、被告らが訴訟において著しく不相当な陳述をしたとは認められないから、訴訟における陳述の点については、名誉毀損ないし信用毀損は成立しない。

 三 なお、原告は、被告らが、訴状や準備書面の写しを資料として相互に交換流通させたことをもって、訴訟外での名誉及び信用毀損があったと主張しているが、同種の事案において被害を受けたと主張している当事者本人とその訴訟代理人弁護士との間において、訴状や準備書面の写しを交換流通させたとしても、特定当事者間の問題であって公然と事実を摘示したものとはいえないから名誉毀損の前提を欠くというべきである。また、信用毀損の点についても、同種の被害者間における意見交換に過ぎないのであるから、格別原告の信用が毀損されたとも認められない。

第四 結論

 よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

        (裁判官 佃浩一 裁判官 甲良充一郎 裁判官 西村修