懲戒処分取消請求棄却(野武興一) 判決全文ー東京高裁

茨城県弁護士会野武興一が東京高裁に提起した処分取消請求の棄却判決は以下のとおり。

2014年4月12日発売の判例時報2212号に掲載された。

 

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東京高等裁判所平成24年(行ケ)第14号 

平成25年9月18日 判決

 

原告 弁護士 野武興一

被告 日本弁護士連合会、同代表者会長 山岸憲司

同訴訟代理人弁護士 笠原健司、田井野美穂

 

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

 

 

 

第一 請求の趣旨

 被告が、原告に対し、平成二四年四月一一日付でした審査請求(平成二三年懲(審)第一〇号審査請求事案)を棄却する旨の裁決を取り消す。

 

第二 事案の概要

一 本件は、茨城県弁護士会(以下「原弁護士会」という。)に所属する弁護士である原告が平成二三年五月二六日付で業務停止二月の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け、弁護士法(以下「法」という。)五九条に基づき被告に対し審査請求をしたところ、平成二四年四月一一日付でこれを棄却する旨の裁決がされたため、法六一条に基づきその裁決の取消しを求める事案である。

二 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1) 有限会社乙山(以下「懲戒請求者」という。)は、平成二一年一〇月八日付で原弁護士会に対し、同会所属弁護士である原告を懲戒することを求めた。

(2) 原弁護士会の懲戒委員会は、平成二三年五月一八日、法五八条五項に基づき、原告を業務停止二月の懲戒処分とするのが相当である旨の議決をした。

上記議決の骨子は次のとおりである。

ア 原告が受任した株式会社丙川(以下「丙川社」という。)の債務整理事件(以下「本件債務整理事件」という。)において、丙川社の所有する不動産を任意売却し、その代金二億八〇〇〇万円から弁護士費用四二〇万円(ただしその後変遷)を受領したのみならず、原告の息子(二男)である甲野松夫(以下「松夫」という。)が代表者で、原告も監査役を務める株式会社丁原(以下「丁原社」という。)を不動産仲介業者とし、丁原社が七四〇万二五〇〇円の仲介手数料を受領した。

イ 債務整理において資産と負債の状況を迅速かつ正確に把握し、資産の確保を図り事案にふさわしい処理方針を立てて実行するという、倒産事件を受任した弁護士が当然行うべき基本的な職務遂行を怠り、数千万円の売掛金があることを認識しながら、これを回収する努力をせず、債権者集会等の債権者に対する説明の機会も設けず、事件処理が進んでいない。

ウ 原告は、受任していない丙川社の代表者である戊田竹夫(以下「戊田」という。)の債務整理についてもこれを受任した旨の受任通知書(乙二〇ないし二二、以下「本件受任通知書」という。)を発送した。

エ 原告は、任意の債務整理事件で本来公正であるべき債務者代理人としての立場を忘れ、原告自身もしくはその関係者の利益を図ろうとしており、債権者の利益、立場を無視していると批判されてもやむを得ない事情が多々見受けられる。したがって、法五六条一項の「品位を失うべき非行」があったと判断せざるを得ない。

オ 本件は単なる事件処理の遅滞といった事案ではなく、弁護士費用の収受に関連する非行であること、多数の債権者の利益を害するおそれのある事案であること等を考慮し、業務停止二月に処するのを相当と判断する。

(3) 原弁護士会は、懲戒委員会の上記議決を受けて、同月二六日、法五八条五項に基づき、原告に対し、業務停止二月の懲戒処分(本件懲戒処分)をし、原告は、同日、本件懲戒処分の懲戒書正本を受領した。

(4) 原告は、同年六月二八日、被告に対し、本件懲戒処分を不服として行政不服審査法による審査請求(平成二三年懲(審)第一〇号審査請求事案、以下「本件審査請求」という。)をした。

(5) 被告の懲戒委員会は、平成二四年四月九日、本件審査請求を棄却するのを相当とする旨の議決をした。

(6) 被告は、被告の懲戒委員会の議決を受けて、同月一一日、本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、その裁決書は同月一二日、原告に交付された。

三 争点及びこれに対する当事者の主張

(1) 手続の不当

ア 原告の主張

(ア) 原告は、丙川社の売掛金債権について、銀行入金分については、現金払いへの変更も打診したが、月末を迎えており、売掛相手先が金融機関へ支払委託済で変更処理不可とのことで、全て銀行に入金されたのであり、従前の口座に入金させるままに放置していたわけではない。

 原弁護士会の懲戒委員会は、この点について調査することなく、従前の口座に入金させるままに放置していたと判断しており、不当である。

(イ) 金融機関は、任意整理を希望していたものであるが、原弁護士会の懲戒委員会は、この点について金融機関に照会調査しないまま、その事実の有無は明らかでないと判断しており、不当である。

(ウ) 原告は、弁護士費用について、東日本銀行の担当者が丁原社の仲介手数料名目で差し引くことを了解したと弁明したが、原弁護士会の懲戒委員会は、この点について金融機関に照会調査しないまま、その弁明を疑わしいとしており、不当である。

イ 被告の主張

(ア) 原弁護士会の懲戒委員会は、ある事実関係が懲戒事由に該当するか否か、該当する場合は、懲戒の可否及び処分内容を判断する限度で調査すれば足りるのであって、弁明の全てについて調査を行い、事実の有無を明らかにする必要はない。

(イ) 原告の主張する点は、いずれも懲戒処分の対象となった非違行為を構成する事実の認定及び評価に影響を与えるものではなく、これらについて原弁護士会の懲戒委員会が金融機関等に事実の有無を照会しなかったとしても、調査が尽くされなかったということはできない。

(2) 事実認定の誤り

ア 原告の主張

(ア) 本件受任通知書

 本件受任通知書は、戊田に対する懲戒請求者からの暴力的行為を防ぐ目的であった。

 また、会社倒産に伴う会社の債務整理は、経営責任が代表者である戊田にも生じ、必然的に代表取締役債務整理を含むものであるから、その旨通知したものであり、戊田の純粋に個人的な債務整理についての通知ではない。

 仮に、本件受任通知書の記載が虚偽だとしても、債権者に取り返しのつかない損失を被らせることはなかった。

(イ) 事件処理

 丙川社の債務整理受任後、売掛金の有無・内容について調査し、回収の可否についても判断すべく努力していた。

 また、債権者集会を開催しても混乱を招くのは必至であった。そして、債権調査を実施して債務の状況の把握に努め、個別の問い合わせに対しては、状況説明を行っていたのであり、一般債権者を軽視した対応をとったことはない。

(ウ) 弁護士費用

 大口債権者である銀行が弁護士費用(着手金一五〇〇万円)の控除を認めなかったため、敢えて不動産仲介手数料として請求した。銀行は、弁護士費用及び仲介手数料を控除することを認めているのであって、正当なものである。

 丁原社は現に不動産仲介業務を行っており、松夫が経営する会社か否かは関係ない。仮に、仲介手数料を受け取らなければ、その分は銀行に対する債務返済に充てられるのであって、一般債権者の利益を無視したことにならない。

イ 被告の主張

(ア) 本件受任通知書

 戊田個人からは債務整理について受任していないのであるから、債権者に受任通知を送付することは許されない。暴力を防ぐ必要があるならば、その旨受任通知書に記載すれば足りるが、本件受任通知書には、債務者に対する暴力行為に触れた記述はない。

 本件受任通知書では、戊田が会社代表者として負担した債務に限定しておらず、原告の主張は、後付けの言い訳である。

 本件受任通知書の送付自体が、債権者を惑わす行為であって、債権者の具体的な損害の発生の有無とは関係ない。

(イ) 事件処理

 原告は、丙川社の売掛債権について取引先に対する内容の問合わせ等を行っておらず、また、その回収について取引先との交渉を行った事実はなく、原告が調査を尽くして回収の努力をしたということはできない。

 混乱が予想されるため債権者集会の開催を躊躇したとしても、文書で状況の報告や方針についての意見聴取を行うことは可能であり、原告の対応は一般債権者を軽視したものである。

(ウ) 弁護士費用

 丁原社が取得した仲介手数料は、原告の弁護士費用を確保するために本来得られないはずの収入を潜脱的な方法で取得したものである。また、丁原社が取得した仲介手数料が、同社の収入として扱われているとすれば、同社は、本来発生しない手数料を得たことになり、原告が身内の関係する会社の利益を図ったことになる。

(3) 裁量権の濫用

ア 原告の主張

 本件懲戒処分は、事実関係の重要な部分につき事実の基礎を欠き、また、長年にわたり原告が築き上げてきた弁護士としての名誉と信用を一挙に失墜せしめるものであり、極めて苛酷な処分というべきであって、被告が裁量権の範囲を超え、又は裁量権を濫用して行ったものであるから、違法である。

イ 被告の主張

 弁護士会裁量権の行使としての懲戒処分は、全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法となる。

 原告の行為は、任意の債務整理事件において公正であるべき債務者代理人としての立場を忘れて、原告自身もしくはその関係者の利益を図ろうとしており、債権者の利益・立場を無視したものであると言わざるを得ず、その責任は重大である。したがって、本件が多数の債権者の利益を害するおそれのある事案であること等も考慮すると、業務停止二月に処することとした原弁護士会懲戒委員会及び本件裁決の判断は妥当であり、裁量権の逸脱も濫用も認められない。

 

第三 当裁判所の判断

一 事実経過等

前提事実並びに≪証拠略≫によると以下の事実が認められる。

(1) 丙川社は、平成二〇年の年末ころから懲戒請求者の代理人と称する甲田梅夫(以下「甲田」という。)らから借金の返済を迫られるようになり、年明けには事業資金の資金繰りにも窮することとなった。そのため、丙川社の代表者である戊田は、平成二一年一月初旬ころ、原告に丙川社の負債について相談し、原告は、その後、破産申立てを視野に入れた債務整理事件(本件債務整理事件)として、同社から依頼を受けた。

(2) 戊田は、原告に対し、一億円程度の売掛金があることを伝え、売掛金の資料や顧客台帳のようなものを渡したが、詳細なものではなく、また、丙川社の平成二〇年五月一日から同年一一月三〇日までの事業年度分の確定申告書(甲五二)は渡していなかった。

(3) 原告は、懲戒請求者、懲戒請求者の代表者(取締役)である乙野春夫(以下「乙野」という。)及び懲戒請求者の関連会社である株式会社丙山(以下「丙山社」という。)に対して、平成二一年一月二三日付通知書(本件受任通知書)を送付し、原告が丙川社と戊田の債務整理を受任したこと及び今後債務者らへの請求行為等を禁止することを通知した。しかし、原告は、戊田個人の債務整理を受任してはいなかった。

 なお、本件受任通知書には、債務者に対する暴力行為に触れた記述や戊田が会社代表者として負担した債務に限定して受任した旨の記載はない。

(4) 丙川社は、平成二一年二月五日付で手形交換所の取引停止処分を受けて事実上倒産した。

 原告は、懲戒請求者、乙野及び丙山社に対し、同年二月一四日付通知書を送付し、丙川社及び戊田から債務整理を受任した旨を再度通知するとともに、債権調査への協力を求めた。

(5) 丙川社が所有する水戸市柳町≪番地略≫所在のマンション(以下「柳町のマンション」という。)には、東日本銀行根抵当権が設定されていた。

 平成二一年一一月三日、柳町のマンションが代金二億八〇〇〇万円で株式会社丁川に売却され、同日付で不動産売買契約書(甲一二)が作成された。

 上記売買代金二億八〇〇〇万円は同年一一月三〇日までに支払いがされ、約二億五〇〇〇万円が、東日本銀行の債務の弁済に充てられた。また、売買代金の内金四二〇万円は、弁護士費用の内金として原告が受領し、内金八八八万三〇〇〇円は、不動産仲介手数料として、仲介業者である訴外丁原社と有限会社戊原(以下「戊原社」という。)が受領し、その内訳は、丁原社が七四〇万二五〇〇円、戊原社が一四八万〇五〇〇円であった。

 丁原社の仲介手数料は、銀行が売買代金から原告の弁護士費用(着手金一五〇〇万円)の控除を認めなかったため、不動産仲介手数料として受領した。

(6) 平成二一年一一月一九日、丙川社が所有する水戸市白梅≪番地略≫所在の土地及び同土地上の建物(以下、土地建物併せて「本社ビル」という。)が、代金二五〇〇万円で株式会社甲川に売却され、同日付で土地建物売買契約書(甲一〇)が作成された。

 売買代金二五〇〇万円の内金八五万〇五〇〇円は、不動産仲介手数料として丁原社に支払われた。

(7) 丁原社は、原告の二男である松夫が代表取締役を務め、原告も監査役として名を連ねる会社である。

 また、松夫は、丁原社の事務所に出勤して、打ち合わせ会議や営業等に従事する一方で、原告の事務所にも毎日出勤して、弁護士補助業務にも従事しており、本件債務整理事件の事務担当であった。

(8) 原告は、平成二三年四月二一日、原弁護士会の懲戒委員会に資産目録(甲三八、乙一九)を提出した。

 上記資産目録には、合計七一二六万四一七六円の売掛金がある旨記載されているが、それらは、税務署差押、銀行入金及び倒産のいずれかに分類され、今後回収可能な売掛金はない。

(9) 丙川社の平成二〇年五月一日から同年一一月三〇日までの事業年度分の確定申告書(甲五二)によると、東日本銀行からの借入金は約五億五九〇〇万円、常陽銀行からの借入金は約二億七〇〇〇万円、足利銀行からの借入金は約一億〇六〇〇万円等となっている。

 原告が上記確定申告書を入手したのは、平成二一年末か平成二二年初であった。

(10) 丙川社の債権者は一〇〇名を超えるが、これまで、丙川社の債権者集会が開催されたことはない。

二 懲戒事由該当性及び懲戒の相当性

(1) 弁護士に対する所属弁護士会及び被告(以下、両者を含む意味で「弁護士会」という。)による懲戒の制度は、弁護士会の自主性や自律性を重んじ、弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。また、懲戒の可否、程度等の判断においては、懲戒事由の内容、被害の有無や程度、これに対する社会的評価、被処分者に与える影響、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要である。したがって、ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか、また、該当するとした場合に懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては、弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され、弁護士会裁量権の行使としての懲戒処分は、全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法となるというべきである(最高裁判所平成一八年九月一四日第一小法廷判決・裁判集民事二二一号八七頁)。

 そして、本件債務整理事件において、原告は、債務者である依頼者丙川社の代理人である弁護士として、業務遂行に当たり、依頼者の利益を図るべき職務上の義務があるとともに、関係する第三者である債権者等の権利及び公益にも配慮して、弁護士に要請される倫理を遵守しつつ誠実かつ公正に業務を行う義務を有するものと解される。

(2) 以上のような観点から、一で認定した本件事実関係に基づき懲戒事由該当性等について検討する。

ア 本件受任通知書

(ア) 貸金業者は、債務者等が債務の処理を弁護士等に委任し、弁護士等から書面によりその旨及び債務整理についての協力依頼の旨の通知(以下「受任通知」という。)がされた場合において、正当な理由がないのに、債務者等に対し、債務の弁済を要求すること等が禁止されており(貸金業法二一条一項九号参照)、また、貸金業者でない債権者についても、上記の受任通知があった場合には、これに誠実に対応し、合理的な期間は債権の取立てのほか強制執行等の行動に出ることを自制すべき注意義務を負担するものと解される。そうすると、弁護士が、債権者に対し、債務者から受任した事実がないのに、債務整理等を受任した旨事実と異なる受任通知を発した場合には、債権者は、適法な取り立ての機会を不当に制限され、その結果債権を回収することができず、損失を被る可能性があると考えられる。

 したがって、原告が戊田個人の債務整理を受任していないにもかかわらず、これを受任した旨記載した本件受任通知書を送付したことは、弁護士として第三者である債権者等の権利に配慮して誠実かつ公正に業務を行う義務に違反し、多数の債権者の利益を害するおそれを招いたものというべきである。

(イ) 原告は、本件受任通知書が戊田に対する懲戒請求者からの暴力的行為を防ぐ目的であった旨主張するが、上記認定のとおり、原告は戊田個人の債務整理事件を受任していないのであるから、そもそも本件受任通知を送付する前提を欠く。また、上記認定のとおり本件受任通知書には、戊田に対する暴力禁止に触れた記述はなく、その目的のためにも不十分であることは明らかである。

 また、原告は、会社倒産に伴う会社の債務整理は経営責任が代表者である戊田にも生じ、必然的に代表取締役債務整理を含むものであるから、その旨通知したものであり、戊田の純粋に個人的な債務整理についての通知ではない旨主張する。しかし、本件受任通知書では、前記認定のとおり原告の受任の範囲を戊田が会社代表者として負担した債務に限定していないのであって、その趣旨を読み取ることはできず、原告の上記主張は採用することはできない。

 さらに、原告は、債権者に取り返しのつかない損失を被らせることはなかった旨主張するが、このことは、事実に反する受任通知を発したことを正当化するものではない。

イ 事件処理

(ア) 原告には債務者である依頼者丙川社の利益を図るべき職務上の義務があるとともに、関係する第三者である債権者等の権利及び公益にも配慮して、誠実かつ公正に業務を行う義務があるところ、その義務の具体化として、債権者に対する配当の原資となるべき資産の維持、増殖等に努めることが求められていたということができる。

 しかし、原告は、上記認定のとおり、売掛金を把握した上で、その回収をするという基本的事務を行うことを怠り、的確で公正な事件処理のために債務整理に着手した後できるだけ早期に作成すべき債権者一覧表、売掛金一覧を含む資産目録を速やかに作成せず、また、売掛金の回収をしていないのであって、一般債権者及び債務者の利益を図るべき職務上の義務を怠ったというほかない。また、債権者集会を開催していないことも、同様に一般債権者の利益を軽視することになるものというべきである。

(イ) なお、甲四には原告が債権者一覧表を平成二一年一月から三月に、資産目録を平成二一年二月から四月に作成した旨の記載があるが、上記認定のとおり、その当時、詳細な売掛金に関する資料が戊田から渡されていなかったこと、原告が確定申告書(甲五二)を入手したのは、平成二一年末か平成二二年初であったことが認められ、原告が債権者一覧表を平成二一年一月から三月に、資産目録を平成二一年二月から四月に作成することができたとは解されない。もっとも、戊田が原告に対し関係資料を交付しなかったことが事務遅滞の一因となっていることが窺われ、この点は、事情として酌むべき面があるが、弁護士としては、戊田に対し然るべき指導・指示をして速やかに資産目録を調製すべき責務があったことは明らかである。

(ウ) 原告は、丙川社の売掛金債権について、銀行入金分については、現金払いへの変更も打診したが、月末を迎えており、売掛相手先が金融機関へ支払委託済で変更処理不可とのことで、全て銀行に入金されたのであり、従前の口座に入金させるままに放置していたわけではない旨主張する。これは、資産目録に記載された売掛金債権のうち、従来の入金用口座に入金されたものがあり、原告によると平成二二年一〇月には銀行から相殺の対象とされたものであるところ、このような事態を避けるためには、銀行口座の解約等の対策を取ることも考えられるが、そのような措置を検討することのないまま放置したのであるから、その回収を怠ったと解されてもやむを得ないところである。

 なお、原告は、原弁護士会の懲戒委員会が、この点について金融機関に調査しないことを不当である旨主張するが、上記のとおり原告の主張する事実の存否にかかわらず、売掛金の回収を怠ったと認められるのであり、これを不当ということはできない。

(エ) 原告は、債権者集会を開催しても混乱を招くのは必至であり、他方、債権調査を実施して債務の状況の把握に努め、個別の問い合わせに対しては、状況説明を行っていたのであり、一般債権者を軽視した対応をとったことはない旨主張する。そこで判断するに、債権者集会の混乱が予想されるためその開催がためらわれる状況であったかについては必ずしも明らかではないが、仮にそうであったとしても、本件における個別の問い合わせに対する状況説明が債権者に対する説明として十分なものといえるか疑問が残る。また、債権者集会を開催しない場合でも、その代替として、全ての債権者に対し文書で状況報告や方針についての意見聴取を行うことは可能であって、本件全証拠によってもこれらの対応がなされていたとは認められないから、原告の対応は一般債権者を軽視したものとの評価を免れない。

(オ) さらに、原告は、金融機関が任意整理を希望していたものであり、原弁護士会の懲戒委員会がこの点について金融機関に照会調査しないのは不当である旨主張する。しかし、原弁護士会の懲戒委員会は、原告が、任意整理の方針を選択したこと自体を非違行為としているわけではない。金融機関が任意整理を希望していたか否かは、本件債務整理事件の処理の適否に関する認定及び判断に影響を及ぼすものでないから、金融機関への調査がされていないとしても、これを不当ということはできない。

ウ 弁護士費用

(ア) 上記認定によれば、原告は柳町のマンションの売却代金から弁護士費用内金四二〇万円を受領し、丁原社が柳町のマンション及び本社ビルの売却代金から仲介手数料として合計八二五万三〇〇〇円を受領しているが、丁原社は、原告の二男である松夫が代表取締役を務め、原告も監査役として名を連ねる会社であり、このような処理は、原告の弁護士費用を確保するためにされたものである。そうすると、丁原社が取得した仲介手数料は、原告の弁護士費用を確保するために、本来得られないはずの収入を潜脱的な方法で取得したことになり、また、その仲介手数料が、丁原社の収入として扱われているとすれば、丁原社は、本来発生しない手数料を得たことになり、原告が身内の関係する会社の利益を図ったとみられてもやむを得ないと解される。このことは、著しく不明朗な方法により原告自身又は関係者の利益を図ったとみるほかないのであって、弁護士に要請される品位保持の観点から極めて問題であることは明らかである。

(イ) 原告は、銀行が弁護士費用及び仲介手数料を控除することを認めているのであって、正当なものである旨、丁原社は現に不動産仲介業務を行っており、松夫が経営する会社か否かは関係ない旨、仲介手数料を受け取らなければ、その分は銀行に対する債務返済に充てられるのであって、一般債権者の利益を無視したことにならない旨主張するが、いずれも上記認定・評価を左右するものということはできない。

 また、原告は、弁護士費用について、東日本銀行の担当者が丁原社の仲介手数料名目で差し引くことを了解したと弁明したが、原弁護士会の懲戒委員会は、この点について金融機関に照会調査しないまま、その弁明を疑わしいとしており、不当である旨主張する。しかし、金融機関の了解のあることは、上記認定・評価を左右するものではない以上、金融機関への調査がされていないとしても、これを不当ということはできない。

 (3) 小括

 以上のとおり、原告の上記行為は、著しく相当性を欠き、弁護士としての品位を失うべき非行に該当するものというべきである。

 そして、以上によれば、被告及び被告懲戒委員会が是認する原弁護士会の判断は、当裁判所の認定及び判断と整合しており誤りはない。そこで、処分の程度についてみるに、本件債務整理事件において、丙川社の代表者である戊田が売掛金についての詳細な資料を原告に渡さなかったことが、原告が遂行すべき事務の遅滞につながった一因であること、いささか面倒な背景事情のある案件であったこと、そのこともあって戊田は原告の仕事ぶりに一定の感謝の念を抱いていること等原告に酌むべき事情もみられる。しかしながら、これらを最大限考慮しても、本件非違行為の性質が単なる事件処理の遅滞に止らず、弁護士費用の収受に関するものを含み、また、多数の債権者の利益を害するおそれのあるものであることに鑑みると、業務停止二月という本件懲戒処分が社会通念上著しく妥当性を欠くとは解されない。したがって、本件裁決については、事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認めるべき点は見当たらず、これを違法とする理由はない。

三 結論

以上によると、本件裁決は正当であって、原告の本件請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

 

   第4特別部

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 河田泰常 

裁判官竹内純一は、てん補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 加藤新太郎)