【裁判】依頼人名義口座は自分のものー東京弁護士会・正野朗、上告

  神田税務署による銀行口座差押処分に対し本人訴訟を提起した弁護士の東京高等裁判所棄却判決に対する上告理由は以下のとおり。<最高裁H7行ツ72>平成7年9月5日棄却

  

■上告人の上告理由

第一 原判決は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱しているので、破棄されるべきである(民事訴訟法四二〇条一項九号)。

 

即ち、上告人は原審において、上告人及び相代理人弁護士Aの報酬を確保し、かつ任意整理遂行の費用(特に、「両弁護士があらかじめ立替払いした費用」←これは、両弁護士の所属する事務所のシステムとして、パートナー弁護士が何人もいるため、印紙・切手等の費用の支出を要するときは、先ず事務所から支出し、各弁護士ごとに≪事務員が≫帳簿に記載しておいて、毎月末に≪会計担当事務員の作成した請求書に従って≫まとめて各弁護士が事務所に支払うという形態をとっているためであり、本件でも問題となっている預金から支出の必要のたびに一々現金を引き出すということは、事務員の手間からいっても不可能だったため、やむを得ず立替払いという形が生じたにすぎない)の回収も確保するという独自の利益のためにも、B歯材㈱≪(以下、「本件会社」という)≫の資産を包括的に上告人が譲り受け(甲三号証の合意をした)たのであると主張し、その証拠も提出した(甲六号証)にも拘らず、原判決はこの点については全く何の判断も示さず、甲六号証すら引用せずに、「上告人に本件会社の財産を包括的に譲渡すべき合理的理由もその必要も見出すことができない」旨断じて控訴を棄却している。

右「報酬及び立替費用の確保」という上告人の利益(A弁護士の分については代理人の立場)は、まさに右包括的譲渡の「合理的理由」ないし「必要性」に該当するべきものであるから、原判決は判決に影響を及ぼすべき重要な事項に付き、判断を遺脱していることは明白である。

第二 原判決は、判決に理由を附せず、又は理由に齟齬があるので、破棄されるべきである(民事訴訟法三九五条一項六号)。

一  即ち、本件では、第一・二審を通じて上告人が何度も主張してきたように、本来は弁護士名義又は「B歯材㈱代理人弁護士○○」などの名義で預金をする予定であったところ、債権者集会において本件会社の債権者の多くから、「会社が倒産状態であることを告げて代理人名義で債務の履行を請求したのでは、会社の債務者は何やかやと理屈をつけてその履行を拒み、又は債務をまけさせようとする輩がこの業界では多いので、任意整理中であることは告げずに、いつも通り会社名義のみで請求し、会社名義の口座に振り込ますようにすべきである」旨の指摘があり、本件会社代表者もこれを裏付けたのである。

そこで、会社名義の預金では差押の危険が常につきまとうので、あらかじめ上告人が預金の帰属についての判例を調査したところ、判例・通説は預金の名義の如何を問わず、預金証書・届出印の所持等の支配を重視していることが判明したので、借りに差し押さえられても勝てる蓋然性が高いと考え、事実上差し押られた時の煩わしさよりも右会社の債権回収の必要性のほうを優先させることにし、会社名義で百五銀行東京支店に預金口座を開設したのである(その際、上告人は元々自己の金であった一、〇〇〇円を預金して口座を開設しておりこれはその後も本件会社から回収していない)。

ところで、上告人及びA弁護士の報酬は、任意整理受任の際に、最低でも各金一〇〇万円以上ということで合意済みであったが、弁護士報酬は後払いが原則≪従って、委任事務が終了しないと具体的額も決められない≫のため、結局その第一の担保となるのは右預金として管理している資産の残余とならざるを得ず、従って判例理論(後述第三の二。

なお、従前も何度も引用してきた)から十分勝てるとは思いながらも、事実上差押さえられたときの煩しさも考えると、上告人らは預金名義を会社名義としておくことに常に不安を感じており、そのため数か月ごとに銀行を替えて預け替えしていく予定であったし、百五銀行というあまりポピュラーでない銀行を選んだのもそのためであった。

ちょうどそんな時、平成三年の三月のころから、本件会社代表者C・T(以下、「C」という)が、「収入もなくなり、再就職も容易ではないので、生活が苦しいから、預けてある会社資産のうちから一部生活費を出して欲しい。」という要望を上告人やA弁護士にしてくるようになったので、同年一月の債権者集会で債権者の何人かが会社資産の管理に不安を表明していたことも思い出し、代理人二人で相談した。その結果、Cの自覚を促し、またもし再度債権者から同様の不安が示された時にその不安を解消して協力をとりつける材料とすることにも利用しうると共に、我々二名(上告人とA弁護士)の懸案であった弁護士報酬や立替費用の確保という点からも、ここで預かった資産についての本件会社の所有権を放棄させ、弁護士のいずれかに譲渡させることにしたのである。そして、実際の任意整理手続きの遂行の大半は上告人がやっていたので、上告人が譲り受けることにし、平成三年四月四日、資産包括譲渡及び報酬合意(甲三号証)を締結したのである。

これにより前記百五銀行における預金も上告人の所有となったものであり、「支配」の点を重視せず「元々の資金供出」を重視する立場(これは判例の主流ではない)に立ったとしても、右預金者は上告人であることになり、万全を期したものである。その後、平成六年五月〔※ママ〕半ばとなり、百五銀行の口座開設後三ヵ月半程経過したため、差押防止のため(事実上の排除の煩しさ防止のため)、当初の予定通り預け替えを行うこととし(なお、百五銀行における預金は、右甲三号証の合意締結前に預けたものなので、「所有者=出損者=預金者」である上告人が預けたという外形を新たに成立させたいという意味もあった)、やはりあまりポピュラーではない北国銀行東京支店を上告人だけの判断で選択し、本件預金を開設し、右百五銀行に預けていた預金もすべて本件預金口座に移したのである(甲二号証の四、甲四号証の一ないし三)。

二 それ故にこそ、右「資産包括譲渡及び報酬合意」においては、上告人らの報酬及び立て替え費用を清算してもなお残余がある場合でも、当然には本件会社に返還するのではなく協議によるものとし(甲三号証の四項。単に会社資産を預かって管理しているにすぎないならば、当然に返還することになるはず)、また、わざわざ本件会社名義で管理することもできる旨合意している(同第二項。もし預かっているにすぎないならば、これは当然のことであって、わざわざ合意する必要もないばかりか、かような条項を設けるのは異常ですらある)のである。

また、銀行の選択、口座の開設、入出金等はすべて上告人が自ら又は事務員を使者として行ったものであり、Cは入出金状況や各時点での預金額を全く把握していなかったのはもちろん、各預金開設当初は預金の存在場所すら知らなかったのでありそればかりかCは上告人又はA弁護士のいずれに対しても預金をすることを委任したことも一度もないのである。預金証書や届け出印も常に上告人が所持・管理し、Cには時々証書の写しを見せたことはあるものの、これらを交付したことは一度もなく、預け入れ、引き出し・振込み等の行為もすべて上告人が自ら又は事務員を使者として行っていたもので、銀行に届けた電話番号も上告人の事務所の電話番号であって、本件会社及びCとは全く関係がないのである(以上、甲一ないし六号証)。

三 このように、当初から自らの報酬及び立替費用の確保という独自の利益を確保するために、事前に詳細に判例を研究した上で、あらかじめ会社資産を包括的に譲り受けるという周到な準備をして、預金を開設し(その名義は、前期のような会社債権の回収をより確実にし、任意整理遂行の実を上げるために、やむをえず本件会社名義としたが、これは「B歯材株式会社こと正野朗」なのであり、「架空名義」又は「実在する他人名義」の口座の一例にすぎない)、管理支配もすべて行ってきた上告人につき、右独自の利益や管理支配につき全く言及もせずに本件会社の資産を管理すべき立場にあるにすぎず、上告人に同社の財産を包括的に譲渡すべき合理的理由もその必要も見出しえないと断じた原判決には、明らかに理由不備、理由齟齬の違法が存在すると言わざるをえない。

単に、C個人と本件会社の財産の混同を避けるためだけならば、既に当初(平成二年十二月末)の受任の際に、上告人及びA弁護士がCから通帳等の会社の証書類全部及び代表者印を預かったことによりその目的はすべて完了しており、わざわざ甲三号証のような合意を結ぶことは、それこそ「合理的理由もその必要も見出すことができない」ばかりか、右混同防止のためだけにわざわざ資産包括譲渡合意を結ぶなどということは全く異常なことであり、経験則にも反することは明らかである。甲三号証では、包括譲渡と同時に「報酬合意」をも明記している点こそ重要であり、まさに上告人が独自の利益確保のため右合意をしたものであることは、外形上も明白である。

第三 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるので、破棄されるべきである(民事訴訟法三九四条)。

一  右第二で詳述したように、上告人が当初から自らの報酬及び立替費用の確保という独自の利益を確保するために、事前に詳細に判例を研究した上で、あらかじめ会社資産を包括的に譲り受けるという周到な準備をして(報酬は後払いが原則なので、具体的金額等も委任事務終了後でないと決められないため)預金を開設し、その管理支配もすべて自ら行ってきたにも拘らず、単に本件会社の資産を管理すべき立場にあるにすぎず、同社の財産を包括的に譲り受けるべき合理的理由もその必要もないというのは、明らかに経験則ないし採証法則の適用の誤り又は審理不尽の違法がある(最判昭和五四・九・六判時九四四・四四)といわざるをえない。

二  また、原判決の右認定は、既存の最高裁判所判例にも反する。即ち、①最判昭和五二年八月九日民集三巻四号七四二頁、②最判昭和五三年二月二八日金法八五五号二七頁や、③最判昭和五七年三月三〇日金法九九二号三八頁等の判例は、「自己の預金とする意志で、自ら又は使者・代理人・機関等を通じて預金をした者」をもって「預金者」と認定し、かつ、その場合でも「預金行為者が」預った金員を横領し自己の預金とした等の特段の事情がある場合」には預金行為者を預金者とする例外を認めている(客観説)。

しかるに、①の判例は、元々の出損者が、「自己の預金とするために」預金行為者にその旨委託して金員を交付した事例であるにも拘らず、直ちにその元々の出損者を「預金者」であると認定するのではなく、わざわざ元々の出損者が預金証書と届出印(本件と同じく実在の他人名義)を所持していたという事実を認定・適示し、それで初めて元々の出損者を「預金者」と認定しているのである。

また、右②及び③の両最判も、元々の出損者が「自己の預金とする意思」で預金行為者にその旨委託して金員を交付した事例であり、かつ、元々の出損者が少なくとも預金証書を所持・保管していたにも拘らず、直ちにその元々の出損者をもって「預金者」とはせずに、「預金行為者が出損者に預金証書等を交付してこれを保管させていたこと、及び届出印も一時期出損者に交付して保管させたことがあること」という支配の点も重視して、右特段の事情としては十分でないという理由で預金行為者を預金者と認めなかったにすぎない(しかも、③の最判は、その他に特段の事情と認められるべき事情があるか否か更に審理せよと、原審に差し戻しまでしているのである。)また、これらの最判の趣旨を受けた大阪地判昭和五二年四月二五日下民集二八巻一~四号四三四頁は、「出損者とは、特段の事情のない限り、預金証書と届出印鑑とを所持している者と認めるのが相当である」とまで判示している。

よって、最高裁判例は、単純に元々の出損者をもって「預金者」とするわけではなく(なお、記名式預金であっても、預金の名義には一貫して全く重きを置いていないことも明らか)、むしろ「預金証書や届け出印の保持」という支配の点を「預金者」認定の重要な要素としていることは明らかで、少なくとも預入行為者が右支配を有し、自己の預金とする意思(むしろその支配を有していることがこの意思を推定させることになるのであろうが)で預金した場合は、右「特段の事情」を認めるものであるといわざるをえない。

すると、第一に、本件では上告人は既に本件会社の資産を包括的に譲り受けた後に、本件預金を自らなしているのであり、前記第二で詳述したように「支配」も完全に有していたものであるから、「上告人=元々の出損者=『判例のいわゆる出損者』=預金行為者=支配を有する人」ということになり、そもそも預金者としては上告人しか存在しえない(そもそも「特段の事情」の有無を論じる必要すらない)ともいえるのである。

また、右の点を一応おくとしても、(イ)本件では、Cは上告人又はA弁護士のいずれに対しても、預金をするよう金員を委託したことは一度もないのであり、即ち、「自己の預金とする意思」は当初から全く有していないこと (ロ)預金行為者が一方的意思で「横領」しても預金の帰属が変わる(←特段の事情がある)というのなら、本件のように大元の出損者である本件会社の同意の下に上告人が預金も含めた金資産を包括的に譲り受けた場合(譲り受ける合理的理由・必要性があることは記述した)は、なおさら「特段の事情」ありというべきこと、(ハ)会社の債権回収の実をあげるためやむをえず預金名義を会社名義とせざるをえないため、自らの報酬及び立替費用の確保のためあらかじめ判例を詳細に調べ、≪わざわざその目的のため≫資産の包括譲渡を受けた上で、その後に本件預金を行った上告人には、まさにその預金を自己のものとする意思が発現されているというべきであるし、まさに最高裁判例のいわゆる「特段の事情」の存する典型的場合であるというべきこと〔※ママ〕本件のように、初めから自分の利益確保の目的で周到な準備をし、「自らの預金とする意思」で預金行為もすべて行い、証書・届け出印等の支配も一貫して完全に有していた者まで、たまたま名義が他人名義だからといって預金者と認められないのでは、右「特段の事情」の存する場合などはこの世に全く存在しないことになるばかりか、それでは「預金の名義人=預金者」とするに等しく、客観説とは全く相容れないものであり、最高裁判例に反することは明白である)等の事情を考慮すれば、最高裁判例の立場に立つ限り、本件では≪少なくとも≫上告人が預金者と認められるべき特段の事情が存するといわざるをえない。

よって、原判決は、最高裁判例に明らかに相反し、破棄を免れない。

第四 当初の金一、〇〇〇円について。

なお、記述のように、当初百五銀行における預金の開設時に、上告人は自らの金員一、〇〇〇円を入金して口座を開設しており(甲二号証の二)、その後本件預金口座に移し替える時もそのまま移しており、本件会社から返還を受けていないから、この金一、〇〇〇円については当然に上告人のものである。原判決はこの金一、〇〇〇円の部分も区別することなく包括して論じている点で、明らかに民事訴訟法四二〇条一項九号又は同法三九五条一項六号又は同法三九四条に該当し、破棄を免れない。

 

以上

 

※ 本人追記≪≫、記録者注記〔〕