【裁判】依頼人名義口座は自分のものー東京弁護士会・正野朗、1審棄却(東京地裁)

 任意整理の依頼人に資産包括譲渡契約を締結させ、依頼人名義銀行口座の金を事務所の運営に使用した。税金を逃れるため依頼人に知らせないまま依頼人名義の新規口座を開設したが、税務署に差し押さえられたため訴訟を提起。

 

東京地裁平成5年(行ウ)118号差押処分取消請求事件

 

原告 正野朗(正野嘉人)

被告 神田税務署長 田中富士夫

右指定代理人 門西栄一

同藤村泰雄

同小松清

同吉田光宏

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一 原告の請求

被告が平成三年一一月一九日付けでした株式会社北國銀行東京支店のYO歯材株式会社(以下「YO歯材」という。)名義の普通預金(口座番号〇八七九〇九、以下「本件預金」という。)に係る債権二五八万三一二七円及びこれに対する債権差押通知書到達日までの利息払戻請求権(以下「本件預金債権」という。)の差押え(以下「本件差押え」という。)を取り消す。

第二 事案の概要

本件は、被告が会社名義の銀行預金債権について、国税滞納処分として差押えをしたところ、同社の任意整理を受任した弁護士である原告が、被告に対し、右預金債権は自己に帰属するとして、右差押えの取消しを求めて提起した事案である。

一 本件差押えの経緯等(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)

1. YO歯材は、平成三年一一月一九日現在、源泉所得税法人税及び消費税計九〇四万二二九〇門並びにその加算税計一〇〇万円及び延滞税計三〇二万三六七四円を滞納していた。(乙四号証)

2. 被告は、平成三年一一月一九日、右滞納国税を徴収するため、国税徴収法六二条に基づき、本件預金債権を差し押さえた。

3. 原告は、被告に対し、本件差押えについて異議申立てをしたが、被告は、平成四年三月二日、これを棄却した。

そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成五年三月一五日、これを棄却する旨の裁決をした。

二 争点

本件においては、本件預金債権がYO歯材に帰属するか否かが争われているが、この点についての当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1.被告の主張

本件預金の出損者はYO歯材であり、原告は、同社の任意整理を遂行するために、同社の財産を管理し、債権の取立権限、動産の処分権限をゆだねられたにすぎない。

したがって、本件預金債権は、YO歯材に帰属するのであって、原告に帰属するいわれはない。

2.原告の主張

本件預金債権は、次のとおり、原告に帰属するものであり、これをYO歯材に帰属するものと誤解してされた本件差押えは、違法である。

(一) 預金債権の帰属については、自らの出損によって、自らの預金とする意思で、銀行に対して自ら若しくは使者又は代理人を通じて預金契約をした者を預金者と解すべきである(以下「客観説」という。)ところ、「自らの出損」とは、当該預金に係る資金の拠出者をいうのではなく、自らの預金とする意思で出揖した者をもって預金者と解すべきである。そして、その判断基準として、預金証書や届出印の所持等当該預金に対する支配を重規し、その支配を有する者を預金者と解すべきである。

本件において、YO歯材から任意整理を委任された原告は、同社代表者Y(以下「Y」という。)の意思とは無関係に銀行を選定して本件預金の口座を開設したこと、本件預金のうち一〇〇〇円は原告が現実に供出していること、本件預金の証書、届出印等は原告が管理し、出入金等もすべて原告が行っていること、Yは、本件預金口座の番号、預金額を把握しておらず、その存在場萌すらはっきりは認識していなかったことから、原告が、本件預金に対する支配を有しているというべきである。

(二) 預金に係る資金の出損者が、自己の預金とする意思で預金手続のみを他人に依頼した場合において、預入行為者に出損者の金銭を横領した等特段の事情が存する場合には、預入行為者をもって預金者と解すべきである。

そうすると、仮に、YO歯材が出損者であるとしても、原告は、同社の財産について、同社の支配を排して、総債権者に公平に分配するために、いわば私的管財人として支配する意思で本件預金をしたのであるから、右の特段の事情が存する場合に当たるというべきである。

(三) 仮に、預金に係る資金の拠出者を預金者と解するとしても、原告は、YO歯材から、平成三年四月四日、任意整理の遂行者として資産を包括的に譲り受けたのであるから、本件預金の拠出者は原告である。

三 争点に対する判断

1.証拠(末尾に掲げる各書証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) Yは、弁護士である原告及び阿部裕三(以下「原告ら」という。)との間で、平成二年一二月二七日、YO歯材の任意整理に関する一切の件を委任する旨の契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。

Yは、YO歯材の現金、預金、債権、在庫商品等の管理を原告らにゆだね、YO歯材の代表者印を原告らに渡した。(甲五号証)

(二) YO歯材の債権者集会において、同社の債権者は、同社の資産管理について不安を示した。また、YO歯材の債権を回収するに当たり、債務者に対し、YO歯材が倒産することを知らせ、原告ら名義の預金口座に振り込ませる方法をとるのでは、債権の回収が図れないおそれがあるという意見が出された。(甲三号証)

そこで、原告は、平成三年一月二九日、YO歯材の債権者に対する弁済の原資となる同社の財産を管理するために、株式会社百五銀行東京支店に同社名義の普通預金(以下「旧預金」という。)の口座を開設した。

なお、右口座の開設貸金一〇〇〇円は、実際には原告がこれを供出した。

旧預金の口座には、YO歯材の売掛金等が入金され、同口座からは、同社の必要経費が支払われた。

(三) 原告は、平成三年五月一七日、北國銀行東京支店において、YO歯材名義の本件預金の口座を開設した。

本件預金は、旧預金を預け替えたものであり、その届出印には、YO歯材の代表者印が使用された。

(四) 本件預金の口座には、YO質材が賃借していた事務所に係る賃貸借契約の解除に伴い、賃貸人が同社に対して返還した保証金が振り込まれ、同口座からは、同社の必要経費や原告らの立替費用等が支払われた。(甲四号証のニ、三)

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件預金の名義人はYO歯材である上、本件預金は、原告が、本件委任契約に基づく任意整理業務を遂行するために開設したものであって、その出損者はYO歯材であるというべきであるから(なお、旧預金の開設貸金一〇〇〇円は原告の供出に係るものであるが、右は本件委任契約に基づく立替金として供出されたものというべきであり、本件預金の出損者がYO歯材であるとの認定に何ら影響を及ぼすものではない。)、本件預金の預金者は、YO歯材であると認めるのが相当である。

2.これに対し、原告は、預金者を判断するに当たっては、当該預金に係る資金の拠出者よりも、本件預金に対して支配を有する者を重視すべきである旨主張する。しかしながら、預金者の判断に当たっては、無記名預金のみならず、記名式預金においても、実質的な出損者が誰であるかを重視すべきであるところ、右の出絹者とは、当該預金に係る資産を現実に拠出した者をいうものである。

この点に関し、原告は、最高裁昭和五二年八月九日第二小法廷判決(民集三一巻四号七四二頁)は、預金者の判断に当たり、客観説に立脚しつつ、預金に対する支配を重規している旨主張するが、右判例は、預入行為者名義でされた記名式定期預金について、出損者が当該預金証書及び届出印等を所持していた等の事実関係のもとにおいては、出損者をその預金者と認めるのが相当である旨を判断したものであって、名義人及び出損者がいずれもYO歯材自身であると認められる本件とは事案を異にするものである。

したがって、原告の右主張は、失当というべきである。

3.また、原告は、私的管財人として支配する意思で本件預金をしたのであるから、原告を預金者と解する特段の事情が存する旨主張する。

しかしながら、原告がいう私的管財人として支配する意思とは、まさに私的整理という委任の目的にそってその職務を遂行しようとする意思にすぎず、これをもって、原告が、YO歯材の支配を排して自己の預金とする意思を有していたものと認めることはできず、他に、右の特段の事情を認めるに足りる事実はないというべきである。

したがって、原告の右主張は、採用することができない。

4.さらに、原告は、YO歯材から同社の資産を包括的に譲り受けたから、本件預金債権は原告に帰属する旨主張する。

なるほど、資産包括譲渡及び報酬合意書(甲三号証)には、YO歯材が資産の所有権を放棄して原告にゆだねる旨の記載がある。しかし、右合意書、甲五号証及び乙三号証によれば、右記載の趣旨は、YO歯材が、原告に対し、任意整理遂行の手段として、その財産の管理をゆだねたものにすぎないというべきであって、Yが原告に預けた同社の財産の中から生活費を出してもらいたい旨の要求を繰り返したため、Yの自覚を促し、Yの個人財産と同社の財産とを切り離すために右合意をしたということは原告自身も認めるところである。

したがって、Y歯材が原告に対して資産を包括的に譲渡したという事実を認めることはできないから、原告の右主張は失当である。

5.なお、原告は、任意整理においても、破産法六条に准じて、破産者の財産は破産者から切り離され、すべて破産財団に帰属するよう取り扱われるべきであると主張する。

しかしながら、任意整理において、破産宣告があった場合と同様に取り扱うべき旨を定めた法令上の規定は存しないのであるから、原告の右主張は失当である。

第三 よって、原告の本件請求は、理由がないから棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光宏 森田浩美)

東京地裁平成5年(行ウ)118号